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サブカルチャー

An Inventory of Detail:テニスボール

Words by Dominique Fenn

名高いイギリス人アートディレクターのスコット・キング氏がフレッドペリーとのコラボレーションを通じて企画と装丁を手掛けた60ページの冊子、それが『An Inventory of Detail』です。

国際テニス連盟の公認球は、直径6.54-6.86cm、重量56.0-59.4gと定められています。芯に加硫ゴムが使用され、表面は通常、ウール、ナイロン、コットンを混紡した黄色のフェルトで覆われており、コントロール性、回転、耐久性を生み出します。

テニスボールはもともと白色でしたが、テレビ中継の際にコートの白いラインと見分けやすくするため、1972年に鮮やかな黄色へと変更されました。この変更を提唱した人物とされているのが、当時BBCの役員を務めていた生物学者で自然史学者でもあったデイヴィッド・アッテンボロー氏です。なお、ウィンブルドンではその後も14年間にわたり伝統的な白色のボールが使用され続け、1986年にようやく黄色のボールに変更されました。

フレッド・ペリーは、並外れたスピード、俊敏性、素早い反射神経で知られ、卓球の世界チャンピオンとして培った卓越した運動能力の持ち主と評されていました。そのスピードを武器に、バウンド直後の低い打点で打ち返すプレースタイルで、フレッドは1930年代にコート上で圧倒的な強さを誇っていました。当時の報道では、同時代にテニス界最速とされていたフランス出身のジャン・ボロトラ選手とたびたび比較されました。フレッド自身は、同時代の選手たちよりも自分のほうが速く、力も強いと信じており、より強く、より早いタイミングでボールを打つことができました。 ウエスタン・デイリー・プレスによると、1936年にハンガリーで行われたエキシビションマッチで、フレッドは対戦相手のオットー・シゲティ選手による「すさまじいドライブ」をこめかみに受けました。1930年代のテニスボールは現代のものよりはるかに重く、その衝撃でフレッドは意識を失いました。それでもフレッドは試合の再開を強く求め、テニスへのひたむきさを改めて示しました。

ロンドンのレキシントンストリートにあるフレッドペリーの店舗の1階では、カラーテレビが普及する以前を思わせるナチュラルホワイトの巨大なテニスボールが強烈な存在感を放っています。通りからも見えるその彫刻作品は、イギリスの既成体制と反抗的なユースカルチャーの間の緊張感を映し出しています。

限定版の冊子『An Inventory of Detail』は現在、世界各国のフレッドペリーの店舗にて、在庫限りで無料配布されています。 感度の高いファンのためのモダンなコレクターズアイテムです。