そういったクラブは、60~70年代の昔ながらのラウンジクラブの名残であるようです。悪趣味な内装のクラブは、レイブが90年代を席巻する中で半数が姿を消し、ハウスやテクノなどの音楽に合わせてクタクタになるまで踊り明かす時代に取り残されていきました。そうしてクッション性のあるフロアや派手な壁紙が取り入れられ、化粧室スタッフは安いコロンやチューインガムを売るようになりました。
ラウンジクラブは元来、カップルが小さなテーブル席に着き、歌手やアーティストのパフォーマンスを鑑賞するなど、座って楽しむ場でした。こうしたカップル中心のエンターテインメントはやがてイギリス全土に広まり、バトリンズやポンティンズなどのリゾート施設の主流となっていきます。ところが、70年代に入ってソウルやディスコなどの音楽ジャンルが台頭し始めると、DJによって曲が途切れることなくつなげられ、レコードがノンストップで流れているかのようになりました。このことはイギリスの人々に劇的な変化をもたらし、DJがエンターテインメントを担うようになるとともに、ラウンジがダンスフロアへと変わりました。特に重要な変化は、カップルではなく個人で楽しむようになったことです。


イギリスのナイトクラブの歴史は18世紀までさかのぼることができますが、国内最古のナイトクラブを存続させるのは容易なことではありません。その類いまれな栄誉を手にしているのが、ヨークシャー地方のハリファックスにあるAcapulcoです。1961年の開業以来、17時前からアルコール度数75%のドリンクを出し続けており、国内の物価上昇にもかかわらず、ショット酒やアルコール炭酸飲料も格安で提供しています。イエーガーボムなどのパーティドリンクを提供する老舗のご多分に漏れず、Acapulcoの内装デザインにも、数世代に渡る歴史や、存在しないはずの記憶、都市伝説が刻まれています。Acapulcoによると、20年使い続けてべたべたになったフロアがA4サイズ1枚5ポンドで売れたといいます。

対照的に、ポストレイブのナイトスポットは、ドラッグで高揚した気分を高め、陶酔感、遊離感、非日常感と相まったデザインで包み込むかのような空間になっています。ベルリンのBerghainなどと比べると、ロンドンのCorsica StudiosやサルフォードのThe White Hotelは、往年のインダストリアルアシッドハウスのクラブに回帰したような飾り気のない内装を取り入れ、レイブ体験の美学と機能性を両立させています。不特定多数の人々とほの暗い照明の中で群衆に紛れることができるレイブ会場は、誰も自分のことを知らない空間で自分らしさを表現できる場でもあります。クラブカルチャーを研究する民俗学者であるサラ・ソーントンは、『Club Cultures: Music, Media and Subcultural Capital』と題した独創的な著書の中で、「こうした新しい時間枠や空間秩序は、記録媒体の長所を利用するとともに短所を補っていた。レイブは、新たな分類、伝統、内装デザイン、光景を取り入れることで、他と一線を画するものとなった」と述べています。おそらく、この新しい「空間秩序」のために、不明瞭で非現実的なインテリア装飾が必要とされ、壁が曖昧になり柱がレーザー光になったのでしょう。

そうした空間には外での生活が映し出されることが多く、内装もその時代に人気の音楽やファッションを反映して進化するものですが、それを取り巻くカルチャーにいかに直接的な影響を与えるかということも重要な点です。特定のクラブを思い浮かべて音楽を制作するDJたちや、クラブ独自のテイストに合わせて服を選ぶ客たちがいるほど、クラブはサブカルチャーが形成される中心地であり、共感し合う人々が集うのにふさわしい場所でもあります。フレッドペリーの最新コレクションも、クラブカルチャーやイギリスのクラブの大胆な内装にインスパイアされています。クルーネックのトップスやニットシャツに取り入れられたジグザグのニット構造は、70年代のソウルクラブの壁紙からインスピレーションを受けており、その大胆なラインを現代的なカラーで再解釈したものです。また、レイブに適した通気性の良い素材を採用し、長時間のナイトアウトに耐えられるしっかりとした仕立てとなっています。
クラブの内装の進化について、クラブデザイン分野の権威であるキャサリン・ロッシ教授にもお話を伺いました。ロッシ教授は次のように語っています。
「ナイトライフのスポットは、超豪華なスタイルから、幻想的な遊び場のような造り、古い工場や倉庫などの産業跡地を一時的に使用するものまで多種多様ですが、どれも折衷的なデザインです。これには、さまざまな場所、音楽ジャンル、コミュニティを受け入れる、ナイトライフそのものの多面性が反映されています。もっとも、クラブの内装はインダストリアルなデザインが主流となっており、装飾をそぎ落として音響や照明の機器の見栄えを生かし、パイプやダクトなどの建物設備を見せるデザインになっています。70~80年代以降、ナイトライフはポストインダストリアルデザインの最前線に立ち、その幅広く独創的な影響力の一部がより一般的になっています。」
クラブの中で人の手が触れないところはないでしょうが、それはトイレでも例外ではありません。トイレの落書きは、「最も純粋な自己表現」とされてきました。油性ペンで書かれる落書きには、告白やうわさ話が多く、友人の携帯電話番号を書き添えてデートを誘うものもあります。イギリス各地でのこうした現象は、@toilettestimonialsなどのInstagramアカウントに記録されています。時として、クラブの内装デザインが違法性を帯びることもあります。2006年健康法が施行された2007年7月1日にイギリスのあらゆる施設が禁煙になると、屋内と屋外の境界を曖昧にした喫煙スペースが仮設され、空間の従来の定義や法的に屋内環境に当たるデザイン要素に対する挑戦が試みられるようになりました。
クラブの閉鎖が広がり、2020年以降にイギリスでもクラブの3分の1が姿を消す中、産業跡地を組み入れて会場を仮設(場合によっては完全に臨時イベントとして運営)するという機敏さを発揮するクラブも出てきました。その結果、「そのクラブはどこで始まり、どこで終わったのか」という究極の問いが生じているのです。