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メッセージ・トゥ・ユー

サブカルチャー

A Message
to You

メッセージ・トゥ・ユー

May 2021
Words by Sean Griffiths
Photographs by Clare Muller, courtesy of The Museum of Youth Culture

40年前にウェスト・ミッドランズで始まった2トーンは、スカのリズムとパンクのエネルギー、洗練されたファッションの魅力的な組み合わせで、世界中に広がってきました。この一世を風靡したムーヴメントを振り返る個展が2トーンの故郷コベントリーで開催されます。

失業率は急速に上昇し、人種間の敵対意識は高まり、巨大な経済危機に陥ってしまった英国を立て直すために政権を握ったのは(最近も圧倒的多数で選出された)保守党。これは2020年代の英国の現状でありながら、同時に70年代から80年代の英国の話でもあるのです。この2つの時代が持つ類似性は、1979年にイギリスで生まれた音楽ムーヴメントが今もイギリスや世界で大きな影響を持っている理由を説明するヒントになるかもしれません。

若者の間で大流行したパンクに続いて、ウェスト・ミッドランズ州のコベントリーで生まれたのが2トーンというジャンルでした。今年、この一世を風靡したムーヴメントを振り返る個展がコベントリーで開催されます。

ハーバート美術館で開催された「2 Tone: Lives & Legacies」展のキュレーター、マーティン・ロバーツはこう語ります。「音楽性が素晴らしいということが、長く愛されている最大の理由だと思う。それに白人と黒人の団結を呼びかける政治的なメッセージが込められていて、これは現代でも通用する大切なメッセージ。さらにビジュアルアイデンティティが秀逸。これらの要素が全部組み合わさることで、パワフルなコンビネーションが誕生した」

この写真に写っているのは、キルバーンのパブ「Windsor Castle」で行われたザ・ボディスナッチャーの初ライブでのローダ・ダカール。当時ザ・ボディスナッチャーは2トーンレコードと契約していた。私はサックスのミランダ・ジョイスと同じ学校出身で、卒業後はスイスコテージ地区の高層マンションでルームシェアをしていた。私よりも少し年下のミランダは当時まだ17歳だった。

1977年に結成されたザ・スペシャルズは、(第2次世界大戦後にジャマイカなどから移住した)ウィンドラッシュ世代が英国に持ち込んだジャマイカのスカとパンクのエネルギーを見事に融合させたバンドです。同じくウェスト・ミッドランズ出身のザ・ビートやザ・セレクターとともに、ザ・スペシャルズは本当の意味で初めての“英国育ちの多民族の若者”による運動の一翼を担ったのです。失業や都市の衰退をテーマにした楽曲。シャープな服装(トニック生地のスーツ、ローファー、ポークパイハット、フレッドペリーのポロシャツにハリントンジャケットを合わせるのが定番でした)。確固たる人種差別反対主義の姿勢。そしてデザイナーのジョン・シムズとデイブ・ストーリーが考案した印象的なビジュアルアイデンティティを融合させたレコードレーベル「2トーンレコード」は、80年代前半の全盛期には英国のトップ10チャートに常に名を連ねていました。

ザ・スペシャルズのジェリー・ダマーズがコベントリーで設立・運営していた同レーベルは1986年に解散してしまいましたが、2トーンがまいた種は世界中に広がりました。アメリカでは、ザ・スペシャルズやマッドネスのサウンドに影響された、サブライム、ノー・ダウト、ザ・マイティ・マイティ・ボストンズといったバンドによってスカの第3の波が誕生。そして90年代にはカリフォルニアのスカパンクバンド、アクアバッツのフロントマンが立ち上げた子供向けテレビ番組『Yo Gabba Gabba!』の中でアクアバッツがしばしばライブ演奏を行ったことで、このジャンルがキッズ層にまで浸透することに。

LAからメキシコシティに至るまで、今でもスカパンクのシーンは盛り上がっています。さらに中国やチリといった遠く離れた場所にも2トーンの信奉者がいます。その人気の理由は簡単です。世界の現状に不満を抱え、それを何とか是正したいと感じている様々な世代の人々に、アップビートなエネルギーと団結のメッセージが突き刺さるからです。

adnessが“House of Fun”のビデオ撮影をしているところ。私の20歳の誕生日だったこの日、ロンドンのあちこちで撮影した。この写真は、キルバーンにある酒屋でのシーンの撮影後に地元の子どもたちに人間ピラミッドを披露しているところ。私もこのビデオに“噂を聞きつけたおばさん役”で出演しているの。

イギリスで2トーンが巻き起こした旋風の最大の功績は、その後に起こった多文化音楽のムーヴメントの数が物語っています。マッシヴ・アタックとザ・プロディジーは、自分たちの結成に2トーンが重要な影響を与えたと述べています(トリッキーがザ・スペシャルズのデビューアルバム1枚だけでDJギグに参加したことは有名な話)。10代の頃にキャップダウンのようなスカパンクバンド経由で2トーンを聴くようになったというミュージシャン、NTSのDJであるナビハ・イクバルは、今日のニュージャズ・シーンにも同様のエネルギーと影響力があると感じています。

「エズラ・コレクティヴやココロコのようなバンドのエネルギーやライブは、2トーンやスカパンクを彷彿とさせる。サウンドは違うけれど、エネルギーや様々なものを組み合わせる手法はとても似ていると思う」

フレッドペリーのアンバサダーであるモデルのダニー・ロマスにとって、2トーンファッションのシャープなラインは今でもインスピレーションの源になっています。

「2トーンのロゴに描かれたウォルト・ジャブスコの姿がカッコいいと昔から思っていた。磨かれたローファーに白いソックス、そしてスタプレストのパンツ。今でも大好きなスタイル」

2トーンがまいた種が世界の隅々まで広がっても、このムーヴメントは今もなおコベントリーの地と人々の心に深く根ざしているのです。

「2トーンはコベントリーで生まれ、世界中に広まったカルチャーのひとつ。だからこそコベントリーが文化都市に指定された年に、何か記念になることをしなくちゃいけないと思ったんだ」

「2 Tone: Lives & Legacies」展は、コベントリーのハーバート美術博物館で5月14日から9月12日まで開催されます。