フレッドペリーシャツ「ホワイト/アイス/マルーン」のスコア

ザ・フレッドペリーシャツ

The Score on Our
White / Ice / Maroon
Fred Perry Shirt

フレッドペリーシャツ「ホワイト/アイス/マルーン」のスコア

2020年5月

ホワイト/アイス/マルーンのフレッドペリーシャツは、フレッドペリーのシグネチャーである、2本のラインを採用した最初のテニスシャツのカラーバリエーションの一つ。その波乱万丈な歴史を探る。

そのルーツは紛れもなくテニスにありますが、フレッドペリーシャツはその始まりからスポーツ選手やファンの目に留まり、ローレルリースは弱者の誇らしいシンボルだったのです。

ご存知の通り、フレッドは綿紡績工の息子で、逆境をはねのけるように成長しました。19歳で卓球の世界チャンピオンになった後、彼はそのキラーなフォアハンドをテニスに取り入れ、ウィンブルドンで3年連続優勝しました。このスポーツへの比類のない貢献と予想外の成功にも関わらず、その貧しい出自のため、フレッドは後年までテニス当局の上流階級の人々に真に受け入れられることは決してなかったのです。

フレッド・ペリーと彼のあまねしローレルリースは、同時代にインスピレーションを与えます。1960年代にはサッカーファンが、地元のスポーツショップに自分の愛するチームカラーのフレッドペリーシャツを求めるようになりました。伝説によると、最も人気があったのはウェストハム・ユナイテッドのホワイト/アイス/マルーンで、スポーツショップのリリーホワイトのバイヤーがフレッドに手紙を書き、無地のテニスシャツにフットボールクラブの色を加えてほしいと頼んだのです。

フレッドの無地のカノコポロシャツの襟と袖口には、ホワイト/アイス/マルーンのティッピングが施されています。フレッドペリーのシグネチャーである2本ラインを採用した最初のフレッドペリーシャツのカラーバリエーションの一つであり、現在でも根強い人気を誇っています。

M12 ホワイト/アイス/マルーンの伝説と神話を祝福すべく、その文化的発祥の地に戻り、もう一つのウェストハムのアイコン、ケンズ・カフェに目を向けることは自然なことでした。グリーン・ストリートにある最も愛すべき試合前の朝食スポット、ケンズ・カフェは、かつての本拠地ブーリン・グラウンドがあった場所のすぐ近くにあります。

ウェストハムのスタジアムは2016年に移転しましたが、イーストロンドンのカフェ内部はあまり変わっていません。ケンと妻のキャロルが経営していて、毎週末、ハマーズがストラトフォード行きのバスに乗る前に、紅茶とベーコン・サンドイッチを求め列をなしています。

2018年、ホワイト/アイス/マルーンの波乱万丈な歴史を祝福すべく、全てが始まった場所「ケンズ・カフェ」に舞い戻り、カラーテイクオーバーを実施しました。