タイダイのカウンターカルチャー的レガシー

フィーチャー

KALEIDOSCOPE EYES
The Countercultural Legacy of Tie-Dye

万華鏡の瞳
タイダイのカウンターカルチャー的レガシー

2020年4月

タイダイとサブカルチャーのつながりは、何十年も前に遡ります。ファッション視点のチョイスというよりは、DIYで作られた、ただの渦巻き模様でしかなかったタイダイ柄。誕生した時代から振り返り、タイダイがどのようにカウンターカルチャーのシンボルへと変身したかを紐解きます。

舞台は1964年のニューヨーク。スーパー向けの染色会社リットの経営は、窮地に立たされていました。ブランドを再生する最後の試みとして、染色業界のドン・ドレイパー(60年代の広告業界を描いた米のTVドラマ『マッドメン』の主人公)であるドン・プライスは、ニューヨークの若者向け商品にチャンスを見出します。アメリカン・ヒッピーたちの「マルチカラープリントのDIYできる模様をまとって、自分たちのアパートでリラックスしたい」というかなり特殊な要望に、リットは絞り出した液体状の染料と単色パウダーをミックスさせることで応えたのです。

 

そうして生まれたタイダイが、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジのドレスコードとなるのに時間はかかりませんでした。タイダイはアンダーグラウンドやサブカルチャーのユニフォームとして、DIYの精神やサイケデリック音楽を象徴するようになっていきます。

その数年後、プライス氏はリットの新しく画期的な染色方法を用いたTシャツの制作をアーティスト達に依頼。彼らが制作した何百枚ものTシャツを、1969年のウッドストックで販売したのです。ヒッピーたちの偉大なる母、ミュージシャンのジャニス・ジョプリンが、自作のタイダイTシャツとフレアジーンズ姿でステージに現れたことで、後にこのフェスはタイダイカルチャーの発祥地として知られていきます。

そこから20年ほどが経過し、英国が独自にタイダイを進化させます。ティーンエイジャーがアシッド・ハウスに夢中になった、「セカンド・サマー・オブ・ラブ」現象です。マンチェスターのクラブ、ハシエンダでハウスの伝説的なDJフランキー・ナックルズのファン達が着こなしていたように、オーバーサイズのタイダイTシャツとバケットハットの組み合わせでタイダイがカムバック。英国中の至る所で、仲間たち共通のユニフォームとして、タイダイは再びブームを巻き起こしました。

もちろん、今もタイダイは色褪せていません。長年のポップカルチャーとの関わりを通し、サブカルチャーのユニフォームとしてのレガシーは不動のものに。ウッドストックからウェインズ・ワールド、そしてクルーレスからレイヴ・カルチャーまで、タイダイのサイケな渦は「一体感」の象徴となっていきます。お祭り騒ぎのキッズたちが繰り広げるピースフルなデモのなかで、タイダイはカウンターカルチャーのユニフォームとなったのです。

手作りは好きですか? タイダイ染めの簡単なDIYガイドです。

Step1:糸と白または淡い色の服を準備し、水に浸します。輪ゴムを服の周りに結び、配置を調整してグルーヴィーなパターンを作成します。好みの形になったら次に進みます。

Step2:服を染めていきます。輪ゴムの周りから始めて、流れに乗っていきましょう。さらに奇抜にしたい場合は多くの異なる色を使用しましょう。

Step3:染まるまで8時間。じっと座って魔法を効かせましょう。長く待てば待つほど格好良い色が現れます。冷水で洗い流し、乾燥させると、サイケデリックな新しいシャツが出来上がります。

あなたのフレッドペリーシャツをタイダイ柄にする勇気はありますか? インスタグラムで写真をタグ付けしてみてください。