プライス・オブ・バス

テニス

Price of Bath

プライス・オブ・バス

Words Sammy Jones
Photos by Simon Martin

1936年からUKでテニスボールを製造

チッペナム郊外のボックス地域に、毎年数十万個のボールを生産し、英国で唯一テニスボールの製造をしているファクトリー、プライス・オブ・バス(Price of Bath)があります。プライス・オブ・バスの所在地を知らないと、目立たない工場の正面を通り過ぎて、絵のように美しいウィルトンシャー州の田園風景だけに心を奪われてしまうかもしれません。しかし工場の中を覗いてみると、増改築をくり返した建物が、大きな可能性を秘めながら動いているのを垣間見ることができます。

作業場のほとんどを占めるのは巨大なマシーン。しかしこの小さな会社の原動力は、素晴らしい機械だけではありません。3世代に渡るイノベーターたちが1936年から会社の舵をとり、数名の従業員は16歳のときからこの場所でスペシャリストとして技を磨き続けています。

オーナーのデレク・プライスと娘のルイーズは、互いに補い合えるスキルを持っています。すべての製造プロセスは2人で組んでチェックしていますが、ルイーズは現代のマーケットで自分たちのビスポーク・ボールの販路をどうやって広げるかチャンスを探り、デレクはゴムの弾力に関する研究を自らの手で実践しています。ルイーズの次なる挑戦は、テニスボールとテクノロジーを組みわせること。ボールの製造過程では接着するときに高温での作業が必要なため、厳しい挑戦ではあります。しかしこの起業家精神によって、廃業の可能性があった南アジアとの競争でも、彼らのビジネスは生き延びました。「私たちは変わらなければ生き残ることはできなかったでしょう」とルイーズは話します。「問題を解決し、ビジネスを継続することが大切なのです」

プライス・オブ・バスのテニスボールは、テニスを楽しむだけではありません(もちろんテニスも楽しめますが)。問題に直面したとき何かを達成できる、そんなイノベーターのチームワークの象徴でもあるのです。周囲の予想に反しウィンブルドンを3度も制したフレデリック・ジョン・ペリーは綿紡績工の息子でした。プライス・オブ・バスがフレッドペリーのために制作した黒いテニスボールは、ブランド創設者のストーリーを讃えるのにふさわしいアイテムと言えるでしょう。